大通りから見ると仕立て屋ジョリー・カーボイトの店は貧相に見える。
いまにも両脇の店に押し潰されそうな朽ちかけた店に見えるからだ。
店は埃色に染まり、ショーウィンドウ枠も塗料が剥げ欠けて、新鮮な雰囲気が漂わない。
そんな事には全く関心がない主人のジョリー・カーバイトは黙々と生地の分類と手入れに朝早くから励んでいる。
彼の持論は、「見せかけの店はいらん!お客が私の作った背広を着て幸せに健康に生活を送
ることが出来なければ意味がないではないか?」である。
もちろん、ガラス枠が剥がれていてもガラス自身は磨き上げられてピカピカである。
仕事場も整理整頓され、雑然としている場所はどこもない。
室内はスチームが効いていて、寒い通りから入るとホッと一安心する。
小さな店内は暖かく、何処からともなく聞こえてくるラジオの音楽が心地よい。
奥の仕事部屋ではジョリーが前屈みになり、生地と睨めっこしている。
彼は地方を巡って買い求めてきた生地を種類別に分け、構想を練っているのだ。
傍にあるメモ帳に彼は閃いたデザインを素早くデッサンしていく。
彼の大きな手、肉の付いた豊かな長い指先が生き物のように生地の上を這い回り、撫で回る。
大きな瞳がギョロリギョロリと生地の上に落ちる。
生地に納得がいくと、ゆっくりと唾を飲み込み頷く。
大きな喉仏が上下にゆっくりと動き、首筋が長く細く影を引いては戻る。
その動きが彼の仕事をしている時の姿だ。
今回の地方巡りでは上物の生地をたくさん仕入れたので、店に帰ってからも彼の機嫌は良かった。
それは仕事に対する希望と夢で膨らんでいるからだ。
ジョリーはお客の体つきを見て健康状態も察知し、冷え性・胃腸病・鬱病等は背広の皺の影と寄り方でわかってしまう。
街を歩いていても背広やズボンの皺の数と長さ、影の深さ、形崩れでその人の姿勢や健康状態、性格、性質まで理解できてしまうと言うのだ。
そんな事を経験として彼は腕に貯め込んで注文に心地よく応じる。
彼は言う、「実を言うと、私には脱いだ背広の形を見ただけで、その人間の心の状態まで理
解できるんだよ。
あの背広の皺の影形は心の襞なのだ。
悩んでいる人、人生の重荷を背負っている方、溌剌と人生を謳歌している方、心の反映は衣
類に直接に姿勢を通して染み出てくるものだよ。
そこで、背広を通して少しでも正の方向へ助けてあげるのが私の仕事なのだ」。