彼は人づきあいが苦手だった。
相手と上手にコミュニュケーションがとれない。
相手に対して適切な言葉が思い浮かばないのだ。
混み入った会話になると話の内容と逆の事を言ってしまったり、話の筋道からズレてしまう。
トンチンカンな会話になり、コミュニュケーションが壊れる。
原因は対人恐怖症らしい。
相手と早く話を切り上げて、この場から逃げて落ち着きたい。
つまり話すことの苦労をしたくないのだ。
しかし、彼は人間が好きで他の人達の話を楽しんで聞くことが好きだった。
自分の中の事柄を言葉で表現することが苦手な彼はいつも笑って会話をごまかしてしまう。
いたについた笑顔が中年以降になると顔に焼きつき、いつも苦笑いしているようになってしまった。
すると、笑顔に魅せられて話しかけてくる人が多くなり、なおさら笑顔を絶やさないように努力した。
数年後、心労で彼は病んだ。
胃を悪くして物が食べられなくなり痩せて別人の風体になった。
久しぶりに鏡を覗くとそこにはクシャクシャに乾いた物体があった。
厚い皺の影の奥に小さな醜悪な点のような黒い目玉が見える。
もう、笑顔はなかった。
苦笑い、作り笑いをしようと鏡に向かって努力したが
クシャクシャに縮んだ深い皮膚の襞は強張って動かない。
「とうとう本当の自分の顔になってしまったか」
「真心を込めてゆっくり話せばよかった」
反省したが時すでに遅しだった。
老いた彼はその後、ベッドで寝たきりになり痩せ細り、
燻製のように硬くなり一本の頑固な棒になった。