全村民の5代前からの戸籍を記憶している驚くべき記憶力の持ち主。
まさに脳髄は戸籍簿なり、無数の引き出しが見え隠れする。
同僚が、「時々、顔自体が大きな整理ダンスに見える事があるよ」と言う。
人間関係は希薄。無機的で素っ気ない。身体は硬い棒のよう。
食事も殆ど味のないパンばかり。
その方が記憶の混乱を防ぐと本人は語る。
好きな色、灰色。
感情に左右されないからだそうだ。
自宅から役所までの道順も歩幅も出勤時間も毎日同じ正確さ。
帳簿の線の上を歩くと本人は言う。
時と数字と時代の区切りと直線が絡む世界のみに生きがいを感じている。
唯一の楽しみは、ぬるい湯に浸かり、湯に潜って記憶と離れ、我を忘れること。
そのことをフェルツル氏は「子宮に戻る」と呼んでいる。
彼の身体は小さく、小さくなって魚のように自由に泳ぎ回り歌うのだった。
死がないよ、詩がないよ、生きていけないよ。
千枚の頭部を持つ男は、鼻歌を歌いながら歩く。
皮を剥いだ臓物に家を建て、揺らぐ地面にミミズを打ち込み。
昨日に歩く。空の足跡に擦り減った踵の重みが垂れ下がる。
汗と油の染み込んだズボンが起立して、一人歩きする夕暮れ。
千枚のスライスされた頭部は自在に記憶を錯乱させ、
前世と入れ替わり、病のない世界を旅する。